「マーベルの父」死去。愛すべきスタン・リーの歴史

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マーベルの映画を見ているといつも出てくるサングラス姿のおじいさん。彼こそがマーベル・コミックの世界を生んだ「マーベルの父」スタン・リーです。僕が好きになったアイアンマンも、みんな大好きスパイダーマンも先日レビューしたハルクだって、彼の手によって生み出されました。

そんな偉大な彼が、2018年11月12日(米国時間)お亡くなりになりました。(享年95歳)

僕自身、スタン・リーについて詳しいわけではないので改めて、彼の歴史について少し振り返ってみます。

マーベル映画へのカメオ出演は
幼き頃からの夢?

1922年にニューヨークのマンハッタンで生まれた「スタン・リー」こと本名「スタンリー・マーティン・リーバー」は映画と文学に魅了される少年時代を過ごし、特に文章を書くことが好きでした。作文コンテストでは何度も入賞するほどの文才を発揮しており、1937年にはニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の作文コンテストに応募し、佳作に2度選ばれています。

実はこの頃、役者を志し演劇学校に通っていたのだとか。

もしかしたらマーベル映画にカメオ出演しているのは、この頃の夢を実現させるためだったりして。

実はペンネームだった
「スタン・リー」

その後スタンは、ジャーナリズムやPR活動に少し携わった後1939年にコミックという運命の仕事に出会います。

この時入社したのが出版社のタイムリー・コミックスで、当時の社長の奥さんがスタンのいとこだったということもあり編集助手として働き始めたのがキッカケです。

作家デビューは1941年5月。「Captain America Comics」第3号掲載の短編で作家デビューし、そこで初めて使ったペンネームが「スタン・リー」でした。また、19歳の若さで臨時編集長に抜擢されると、その後すぐに編集長兼アートディレクターへと昇進。ひと月に80本以上の原案を抱えていたそうです。

伝説の始まり
マーベル・コミック誕生

スタンが務めるタイムリー・コミックスは1950年代にアトラス・コミックスへと改名し、その後1950年代後半には倒産の危機を迎えてしまいます。

ライバル社であるDCコミックスがスーパーヒーロージャンルを復活させたからです。彼らが作ったスーパーヒーローチーム「ジャスティス・リーグ」に対抗するかたちで、スタンは「ファンタスティック・フォー」を創刊します。

まさに倒産覚悟で打ち出したこの作品は「身近な悩みを抱える、完全無欠でないヒーロー」という現実的要素を取り入れた作風が人気を博し、瞬く間に大ヒット。社名もアトラス・コミックスからマーベル・コミックへ更に改名し倒産の危機を免れます。

マーベルメソッドという
革命的な制作スタイル

スタンはその後も、「身近な悩みを抱える、完全無欠でないヒーロー」という勝利の方程式をベースに次々とヒーローを生み出していきます。「ハルク」「アイアンマン」「スパイダーマン」など、現在大人気のアベンジャーズ関連のヒーローもこの頃生み出されました。

また、スタンはコミックの制作スタイルにおいても革命を起こします。

それは、作家がプロット(あらすじ)を作成し、それを元に画家が作画を担当する。そして出来上がった作画の吹き出しに作家がセリフを入れるというもの。こうすることで作家と画家の能力を最大限に引き出し、より活き活きとした作品に仕上がったと言います。次第に競合他社もこのメソッドを取り入れていくようになり、1970年代にはDCコミックスもこのメソッドを取り入れました。

Excelsior!

数々のヒーローを生み出してきたスタン・リー。彼自身が担当したコミックの編集後記では締めに「Excelsior!(エクセルシオール)」というラテン語が用いられていました。

その意味は「さらなる高みへ」

逆境に立ち向かい、一度の成功に満足せず、次々と新しいことにチャレンジしてきたスタン・リーだからこその言葉でしょう。

 

今回調べてみて、改めてスタン・リーなくして今のマーベルはなかったのだと実感しました。そしてそんな偉大な方がいなくなってしまったことを本当に悲しく思います。

あなたが作り出した愛すべきヒーロー達は今後も間違いなく私達を幸せにし、あなたと同じ様に愛されるはずです。

ご冥福をお祈りします。

 

 

「Excelsior!」

 

 

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